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鉄貨丼blog

貨物列車や専用線、それにかかわる車両などを中心に。(HPほどには貨物に拘らない方針です。)

天竜川日通専用線跡は今 


大袈裟なタイトルを付けましたが、別に何か大規模な調査を行ったと言うわけではなく、
先日、ちょっとした変化を見付けたので...ちょっとじゃないかな?

なんかスッキリしてるなーと思ったら

これが
天竜川駅日通専用線跡 (2013年2月3日)
(2013年2月3日)


こうなっていました。
天竜川駅日通専用線跡 (2014年4月27日)
(2014年4月27日)

歩道を確保するためのようですが、前後の道路が狭いとはいえもう少し車道を広げても良さそうです。
しかし最大幅の制限は変わらず。
なぜか東海道線のガード下は、最初からこうなる予定でしたの如く、しっくりくる広さになっています。
廃止から20年(!!)経ちますが、廃線跡というものはこの様にしてその痕跡が消えていくものなんですね。

さて、唐突ですが鉄道ピクトリアル誌2013年7月号は貨物列車特集でした。
その特集にあわせ、「昭和45年度版 私鉄要覧にみる専用鉄道」なる資料が掲載されています。
日通専用線は制度上専用鉄道でしたので、もしかしたら載っているかも?と探してみたら載っていました。
しかも運輸開始日まで記載があります。

運輸開始日は明治41年(1908年)8月3日。

以前このブログにて、この専用線はかなり長い歴史を持っていたようだと書きましたが、想像以上に古かった。

因みに天竜川駅の開業日は明治31年(1898年)7月10日ですので、駅開業から10年後に輸送を開始したことに
なります。
明治、大正、昭和とどんな車両が活躍し何を運んでいたのでしょうか?
長い歴史から見れば、私の知っていることはほんの一部のようです。

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2014/05/18 Sun. 21:53 | trackback: 0 | comment: 4edit

協三工業製30㌧DL 



今度のダイヤ改正では、羽前水沢駅の貨物扱いがORS化されます。
この駅には水澤化学工業㈱水沢工場が隣接し、同社所有の協三工業製30㌧DLが居ます。
このスイッチャーは酒田港にある東北東ソー化学から移動してきた車両です。

羽前水沢駅は、まだ濃硫酸タキが出入りしていた頃、遠征先のひとつとして検討しましたがスケジュールが
合わず断念しました。
遠方であることからなかなか行けず、撮影する機会が得られぬままORS化されてしまうのは残念です。

協三工業30㌧DL
東北東ソー化学時代の協三工業30㌧DL
(2005年8月18日 酒田港)



2013/03/02 Sat. 23:01 | trackback: 0 | comment: 0edit

天竜川駅日通専用線 



この日は、カメラに残っていたフィルムを消化しようと東海道沿線をうろついていたと思います。
不意にエンジン音が聞こえ、そちらに目を向けると専用線の列車が走行中でした。
意外と速く、慌ててカメラを構えるも機関車は視界から外れ後部のタンク車だけの撮影となりました。
この日は、石油の返空はなし。
分岐地点で停車することなく駅へ向かって行きました。

天竜川駅日通専用線
(1983年12月13日)
タンク車が何両つながっていたかは記憶にありませんが、写真では5両確認できます。
車番は後ろ4両が確認可能で
前から

タキ4514(日本鉱業)
タキ95758(伊藤忠商事)
タキ24021(伊藤忠商事)
タキ95760(伊藤忠商事)← 上2桁の数字の辺りの汚れが酷く判読し難いのですが、ロット的にこの辺かなー?と

タキ4514の番号が紛らわしく、うっかりタキ4000と書いてしまいそうですがタキ300形です。
他は順にタキ5750、タキ4000、タキ5750ですね。

2013/02/17 Sun. 23:48 | trackback: 0 | comment: 0edit

天竜川駅日通専用線跡(補足) 


写真を見ていると色々と思い出すことが出来ました。

この写真

天竜川駅日通専用線跡
アスファルト舗装されている部分が当時未舗装だった道路(?)で、左側の空いたスペースが線路敷でした。
一部がコンクリート敷になっているのは、ここがコークスの荷役場所だったためです。
フォークリフトにバケットを装着した様な小型の車両で荷降ろしを行っていたので、未舗装では具合が悪かったのでしょう。
中央の水溜りがある辺りがコークス置場でした。
今も黒ずんで見えるのはその名残だと思われます。
当時はこの部分に建造物があり、コークス置場は簡単に区切られ上屋もあったと記憶しています。

レールはこの奥を通る道路に突き当たるまで敷かれていました。
画面左奥に立派な建物がありますが、当時はここに製材所がありました。
原木輸送はこの製材所が荷受人だったと思われます。


2013/02/16 Sat. 23:54 | trackback: 0 | comment: 0edit

天竜川駅日通専用線跡(その2) 


安間川の西岸にあるガードです。
後ろは東海道本線安間川橋梁の一部。
安間川も含め橋桁は撤去済みです。

天竜川日通専用線跡
専用線の遺構は現在でも多く残っていますが、その中で、この様にレンガを使った構造物がいくつかあります。
専用線の開通時期は知りませんが、トワイライトゾ~ンMANUAL Ⅳに掲載された「昭和28年版専用線一覧表」に
記載がありますので、なかなかの歴史を持った専用線だったようです。
廃止は1993年です。


2013/02/11 Mon. 23:47 | trackback: 0 | comment: 0edit