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鉄貨丼blog

貨物列車や専用線、それにかかわる車両などを中心に。(HPほどには貨物に拘らない方針です。)

鵜殿駅北越紀州製紙専用線(その3) 


2089レで到着したコキをDL-106が引き込んだ後、入換え作業で出てきたのは日立製の[9号]DLでした。


kishu_DL9_blog.jpg
9号は四日市のコスモ石油から移って来たDLで、塗色にその名残があります。


kishu_DL9__2_blog.jpg
専用線は工場の入口付近で3線に別れます。
直進する線路は、地図で見ると工場の敷地奥まで延びているようですが、現在は入口付近のみ留置線代わりに
使われています。
建屋の下は予備となったDLの車庫代わりになっているようで、この日はBH205がお休み中。
BH205はニチユのロッド式DLで、個人的には、これが動いているのを撮りたかったのですが...

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2012/08/31 Fri. 23:09 | trackback: 0 | comment: 0edit

鵜殿駅北越紀州製紙専用線(その2) 

前回の続きです。

朝の入換え作業が終わり、しばらく経ちますと単機で駅へコキを迎えに行きます。

udono_DL106_blog.jpg
駅手前で2089レの到着を待つDL-106。
ここで約30分の待機です。


2089_20120819_blog.jpg
下りホームに到着する2089レ。
到着後、直ちにコキの解放作業を始めます。
コキを隣の側線に押し込んだDD51が逃げた後、待機していたスイッチャーが引き上げに来ます。


koki110-4_blog.jpg
カラシ色で一際目立つコキ110形が2両目に組み込まれていました。
車番はコキ110-4。
コキ110形は全5両、珍車といって良いでしょう。


kishu_DL106_4.jpg
コキを引いて工場へ向かうDL-106。
暑い中、駅から走ってしまいましたよ。


まだまだ続きますが、続きは次回。
2012/08/26 Sun. 22:39 | trackback: 0 | comment: 0edit

鵜殿駅北越紀州製紙専用線(その1) 

遠征2日目

新宮に泊まった8月18日の夜は雷雨となり翌日の天気が心配になりましたが、翌朝、所々に灰色の雲が浮かんで
いるものの晴天と呼べる天気になっておりました。

新宮発7:44の普通列車で鵜殿に向かいます。
鵜殿に到着しますと、意外にも多くの人たちが列車を待っておりました。
新宮~鵜殿間で県境である熊野川を渡り鵜殿からは三重県となるため、お隣の新宮市よりも熊野市と行き来する
人達が多いのでしょう。

ロケハンをしつつ製紙工場へ向かいます。
新宮方に分岐した専用線はR42を渡り道路に沿って工場に至ります。
この道路との境には柵がなく手軽に撮影出来るのは良いのですが、この時間帯ではモロに逆光です。

30分くらい待ったでしょうか。
鉄道門が開き朝の入換え作業が始まりました。

kishu_DL106_1.jpg
出て来たスイッチャーはキャブにDL-106と書かれた日車の25t機。
かつて塩浜から延びていた石原産業専用線で働いていたDLです。
現在は日通色に塗られていますが、石原産業時代は塩素タキに合せたかの様な黄色の車体でした。
ホームページの「塩浜駅」に当時の写真があります。


kishu_DL106_2.jpg

kishu_DL106_3.jpg


今回は朝の入換え作業まで...

2012/08/25 Sat. 23:38 | trackback: 0 | comment: 0edit

紀州鉄道 

前回予告いたしましたとおり遠征報告です。
今回は紀州鉄道。
初めての訪問です。

紀州鉄道は御坊駅0番線からの発車です。
あらかじめ切符を買っておこうと一旦改札を出ましたが、それらしい設備がない。
改札口でJR職員に尋ねると「車内清算です」とのこと。
待機中の運転士から切符を買うのかと思ったらそうではなく、降車時に運賃箱へ支払うのでした。
起点のJR接続駅であっても無人駅と同様の扱いなんですね。
御坊駅降車時も同じなのですが、「紀州鉄道清算済票」というものが運転士から手渡されます。
JRに対しては、これが紀州鉄道利用者であることの証明になるわけです。


gobou_k1_blog.jpg
この日、運用に入っていたのはキテツ-1。
スノープロウに記された「K1」とはキテツ-1であることを示しているようです。
2軸LE-Carが現役なのはここだけ。



nishigobou_blog.jpg
前後を踏切に挟まれた終点の西御坊駅です。
ホームに立っているのは運転士さん。
キハ600形はギリギリホームに納まっている感じでしたが、キテツ1形はちょうど良い具合です。
車止めギリギリに停めた結果ではありますが。


利用状況は、私が乗った下り列車では同業者1名、一般客2名の計4名でした。
全員、御坊から西御坊までの乗車で途中駅での乗降はなし。
返しの上り列車は、西御坊から1名、市役所前から2名、紀伊御坊から1名の一般客で全員御坊駅まで乗車。
この手のローカル線の利用者といえば、年配の方や高校生以下の子供が多いのですが、ここに記した乗客は
そのどれにも該当しないのが意外でした。



haishi_blog.jpg
西御坊駅南側の踏切から廃止区間を望む。
時間があれば日高川駅跡まで歩きたかったです。

2012/08/24 Fri. 23:12 | trackback: 0 | comment: 0edit

夏の遠征 

久しぶりの遠征です。

18切符を利用し1泊2日で紀伊半島の外周をぐるっと一周してきました。
乗り鉄を楽しむことが目的のひとつではありますが、
主な目的は、


ここと
kitetsu_blog.jpg


ここ
udono_DD_blog.jpg


鵜殿の専用線は朝からの撮影が効率的ですので新宮泊とし、初日に紀州鉄道に立ち寄ってから新宮入り。
このため西側からスタートです。
ただ、18切符利用といっても普通列車だけではスケジュールが厳しいので新大阪まで新幹線を利用しました。


詳しくは次回以降で...


2012/08/20 Mon. 21:49 | trackback: 0 | comment: 0edit

タキ36066(JOMO) 

taki36066JOMO_blog.jpg
(2002年5月2日 東港)


前回、少し触れた㈱ジャパンエナジー所有のタキ35000形です。
社名よりブランド名のJOMOの方が分かりやすいかな?
この36066以外では35460、35752、36065、36067が当時撮影した写真から確認できました。
運用は北袖から汐見町や粟津への潤滑油輸送でした。


2012/08/17 Fri. 21:58 | trackback: 0 | comment: 0edit

ホームページを開設した頃(その2) 

清水駅に留置されているタキ35000形です。
左側からタキ35983(NRS)、タキ36072(NRS)、タキ35882(モービル石油)
潤滑油輸送で安善や汐見町に運用されていました。

shimizu35k_blog.jpg
(1999年4月30日 清水)

いつの間にか無くなってしまったタキ35000/45000ですが、この頃はまだ多数が活躍しており珍しい存在では
ありませんでした。
ただし所有者が石油元売り会社となると話は別で、このモービル石油以外では、キグナス石油のタキ45000、
ジャパンエナジーのタキ35000が残っていました。


2012/08/12 Sun. 21:34 | trackback: 0 | comment: 0edit

ホームページを開設した頃(その1) 

今回もホームページを開設した1999年に撮影した写真を...

yswr_3363_990430_blog.jpg
(1999年4月30日 吉原)

3363レのタキ解放作業です。
カマ次位からタキ21358(保土谷化学)+タキ15809(JOT)+タキ15821(JOT)となります。
当時の吉原駅は、静岡県内における貨物観察の聖地といったら言いすぎかな?
3363レ自体の観察がしやすかったですし、もちろんワム8による紙輸送も健在で茶ワムが大多数を占めて
いました。

また岳鉄線内向けに化成品輸送も残っておりました。
PFの陰から黒タキがのぞいていますが、岳鉄の吉原駅ホーム近くにあった荷役線が健在で濃硫酸タキが到着
していました。
さらに画面左端には、岳鉄の貨物発着線に留置された化成品タキが1両小さく写っています。

2012/08/11 Sat. 23:48 | trackback: 0 | comment: 0edit

HPのアクセスが200,000超えに 

昨日、最近すっかり放置のHPを確認したらアクセスカウンターが200,000を超えていました。
ありがとうございます。

HPを開設したのは1999年9月。
1999年といえば何をやっていたかな?と調べてみると7月に北海道遠征をしておりました。
目的は色々ありましたが、貨物関係では本輪西の石油、陣屋町のチップでした。
この2ヶ所、最近大きな動きがありましたね。

本輪西の石油輸送は5月に大幅縮小。
現在は札幌便のみ。

陣屋町は輸出車両の運搬のためにチップ輸送廃止以来の復活。
しかもスイッチャーが現役当時のまま保管されており、それが使用されたとか。
これには驚きました。

1999年頃といえば、回線やPCの性能が今とは比較にならないほど貧弱でHPに掲載されている画像も小さな
ものとなっています。
そこで当時の写真の一部を再スキャンしてここにご紹介したいと思います。

motowanishi_blog.jpg
製油所のヤードにはタンク車がぎっしり。
この頃はまだ黒タキが主体。
タキ9900形や35000形の姿も見えます。


jinya_DB255_blog.jpg
陣屋町臨港駅でチップ貨車の入換え作業を行う日車DB255。
輸出車両の入換えにはDB256が使われたようです。


2012/08/05 Sun. 23:48 | trackback: 0 | comment: 1edit

田端機関区 

国鉄時代です。
こちらに一枚載せましたが、もう一枚。
tabataDD13EF65_blog.jpg

そして、これより数年遡って
tabataEF80_blog.jpg
EF80の一次形と二次形、そしてEF65PFの並びです。
手前の一次形は32号機と分かるのですが、二次形の方は残念ながら番号が読めません。
識別ポイントは、ヘッドライト、明り取り窓、台車といったところでしょうか。
32号機は田端機関区の所属ですが、二次形は内郷機関区の所属だったはずです。



2012/08/04 Sat. 23:42 | trackback: 0 | comment: 0edit

【続】田端 

引き続き田端です。
今でも色々な機関車を見ることが出来ますね。
EF510の500番代とはこの時が初対面です。
EF65 1118も初だったかも。

tabata_510_blog.jpg

tabata_510_2_blog.jpg
(2011年10月8日 田端運転所)

2012/08/03 Fri. 23:43 | trackback: 0 | comment: 0edit